27 July 2022
カンヌライオンズ2022 審査レポート(Entertainment Lions For Music 部門)
3年振りに現地開催された、エントリー数と参加者の数の面で世界最大規模を誇る広告賞「カンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバル(Cannes Lions International Festival of Creativity)」(以下、カンヌライオンズ)。今年のカンヌライオンズのEntertainment Lions For Music 部門の審査員を務めたTBWA\HAKUHODOのChief Creative Sustainability Officer 佐藤カズーに、審査に参加した部門を含め、カンヌライオンズ2022の受賞作品の特徴や、カンヌ全体潮流などについてインタビューしました。
Q. コロナ禍により3年振りに現地開催された今年のカンヌの印象や傾向は?
ヨーロッパの空港に降り立つと、マスクをせず全身から久々の旅行の高揚感を醸し出すヨーロッパの人々に驚かされました。欧米では完全にコロナは収束したようで(感染者はいるものの)、3年振りのカンヌは完全に昔に戻った、いやそれ以上の活気に溢れていた様な気がしました。もちろん審査員もノーマスク。久々の口が見えるディスカッションに興奮するとともに、クリエイティブの議論はやっぱり対面がいいな、と感じました。
ミュージック部門のエントリー作は比較的少なく、全体で500程度だったような気がします。そこからショートリストが40作品程度、その中から受賞が約23作品という結果に終わりました。審査員はBBH NYのCEO(元MTVのディレクター)を筆頭に、僕らのようなエージェンシー出身者が5割、残りは大手飲料メーカーのグローバルCMOや、Amazon Music、Netflixなどのエンタメプラットフォーマー、音楽プロダクションのプロデューサーなどの10名で構成され、多様性とプロフェッショナル性の絶妙なバランスで終始有意義なディスカッションができたと思っています。
受賞作品の傾向は色々なキーワードがあるとは思いますが、ミュージック部門としては、「Social Justice」、「Speed of Culture」、「True Ambassador」が上げられます。
「Social Justice(社会正義)」は今年の半分以上の受賞作にも共通するキーワードだとは思いますが、ブランドが社会の不公平な問題に対して意見を言う、またはスタンスを表明するというもの。NikeのJust do it. 生誕30周年キャンペーン「Dream Crazy」的と言えば、分かりやすいかもしれません。「Speed of Culture(文化のスピード)」というのは、ブランドがいかにスピーディーにSNSなどで話題になるカルチャーに乗っかり、自社のマーケティングやコミュニケーションに応用しているか。「True Ambassador(真のアンバサダー)」は、コミュニケーション施策におけるアーティストとブランドの関係性が単なる乗っかったもの(タイアップ的な)でなく、その関係性が本質的で嘘がなく、お互いが共通の想いでコラボレーションすること。受賞作の多くは、この3つのキーワードが読み取れると思います。
Q. 今年のミュージック部門のグランプリ作品の特徴は?
受賞作品:This is Not America
広告主:Doomsday Entertainment and Sony Music Latin for Residente
カンヌライオンズ公式サイト:The Work | Festival 2022 | Entertainment Lions For Music (lovethework.com)
ミュージックのグランプリは毎年1-2作品と決まっており、そのうちの一つはアドでなく、純粋なミュージックビデオから選出するというルールがあります。これはミュージック部門新設の年に決まったルールなのですが、“アドバタイジング”だけでなく、“クリエイティビティ”という広い視点から部門を眺めようという狙いがあります。2019年に同部門のグランプリを受賞した『This is America』が世界に与えた影響を考えると分かりやすいかもしれませんが、ミュージックビデオにだって社会を変える力があるということを証明しようということです。
今年のグランプリはまさに、それを象徴する作品が選ばれたと思います。先にあげたキーワードで言うとSocial Justiceに当たると思うのですが、Residenteという南米メキシコのアーティストがSonic Music Latinから発表したミュージックビデオで、アメリカの帝国主義と南米社会が抱える社会問題の関係をラップ音楽として発表したものです。以下は銀河ライターの河尻さんのnoteに私が寄稿した作品紹介になります。
「アメリカがアメリカという言葉を使う時、その主語はアメリカ大陸のことしか指していない。南米もアメリカ。ラテンアメリカなのに、だ。アメリカの帝国主義はメキシコ、ブラジル、プエルトリコ、ベネズエラ、チリ、コロンビアなど、数多くのラテンアメリカ諸国の多くの善良な市民、豊かな天然資源などの犠牲の上に成り立っているのではなかろうか。その現実に抗い、正義のために戦った様々な歴史的英雄や事件をパロディーにしながら、このビデオは何が本当の正義なのかを訴えかけてくる。チャイルディッシュ・ガンビーノのThis is Americaはアメリカ大陸の真実を浮き彫りにした。であれば、このビデオはラテンアメリカの真実を世界に訴えかけるものになろう。」
(参照: https://note.com/kawajiring/n/n59b465705a4c)
審査の場では当然ポリティカルコレクトネス(政治的な正しさ、差別的な表現をなくすこと)を意識しながら慎重な議論がされましたが、ウクライナ戦争を例に出しながら、戦争における本当の正義とは何かという話まで議論は及びました。映像表現は若干攻撃的ではあるものの、このビデオが与えたアメリカという価値観に新しい視点を与えたという点においては新鮮であり、とても勇敢であるということ、社会が大きく変革するときや、価値観が変わるときには、いつもそこには音楽の力があった。そういった点を総合的に評価し、この作品をグランプリに選びました。
Q. 他部門も含め、今後カンヌで評価されていきそうなもの、受賞するために必要な視点とは?
よく話されていることかとは思いますが、作品のアイデアと企業の関係性がオーセンティックであること。そして、作品における企業のスタンスに嘘偽りがなく、パーパスにのっとったものであること。そのあたりが大事なのではないでしょうか。カンヌの作品を紹介するたびに、Social Justiceに代表されるいわゆるFor Good(社会によいことのための)作品が企業の収益にどう関係するの?と意見される方もまだ見受けられますが、企業による社会課題の解決は、ESG的に見れば株価に直結するテーマでもあり、我々のアイデアが企業の非財務的な価値の創出に大きく貢献する機会はこれから増えていくと思います。これからも、カンヌから学ぶことはまだまだありそうです。
===
※ 本記事は博報堂WEBマガジン センタードットに記載された「【カンヌライオンズ2022】博報堂DYグループ審査員インタビュー第1弾(エンターテインメント・ライオンズ・フォー・ミュージック部門 佐藤カズー)(2022.07.25)」を転記しております。参照:https://www.hakuhodo.co.jp/magazine/98964/