29 September 2021
カンヌライオンズ2020-2021審査レポート
2021年6月末、世界のクリエイティブ業界から注目を浴びたイベントが行われました。エントリー数と参加者の数の面で世界最大規模を誇る広告賞「カンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバル(Cannes Lions International Festival of Creativity)」(以下、カンヌライオンズ)でした。今年は特に、新型コロナウイルス感染拡大の影響でキャンセルされた2020年の作品と2021年、2年分の作品がエントリー。その数はなんと、約90か国から29,074作品にのぼりました。
史上初のオンライン開催となった特別のカンヌライオンズに、TBWA\HAKUHODOのエグゼクティブ・クリエイティブ・ディレクターの近山知史、Media Solutions Division局長の中尾素子が審査員として選出され、それぞれDirector部門とMedia部門で審査を行いました。その二人に、全世界的な新型コロナウイルス感染拡大の中で行われた特別なカンヌの審査経験と、世界におけるクリエイティブの傾向について伺いました。
近山 知史(ちかやま・さとし)TBWA\HAKUHODO Executive Creative Director
2003年博報堂入社。2010年TBWA\CHIAT\DAYで海外実務経験。
2011年よりTBWA\HAKUHODOで現職。カンヌライオンズゴールド、アドフェストグランプリ、ACCグランプリなど受賞多数。2015年クリエイターオブザイヤー・メダリスト。
中尾 素子(なかお・もとこ)TBWA\HAKUHODO Media Solutions Division 局長
1999年博報堂入社。ラジオ局、テレビ局スポット部を経て2006年よりTBWA\HAKUHODO にて自動車メーカーのメディアアカウントを担当。2017年より同社Media Solutions Division局長に就任、多数のグローバル&国内クライアントの幅広いメディア領域をリードしている。
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Q. カンヌライオンズの審査、改めてお疲れ様でした!今回お二人が審査員として参加されていた「Direct」部門と「Media」部門がそれぞれどういうカテゴリーなのか教えてください。
中尾:Media部門は、”celebrates context of creativity”、文脈のクリエイティビティを評価する部門と言われています。Media部門と一口で言ってもかなり幅が広く、細かいジャンルがたくさん含まれています。例えばソーシャルメディアとか、デジタルメディア、オーディオメディア、プリントのように、なんのメディアを使ったかで分かれていたり、ブランデッドコンテンツ(branded contents)やリアルタイムデータの活用とか社会的責任など、その内容によっても分かれています。私が面白く思ったのは、予算面での革新(Breakthrough on budget)でした。
近山:Direct部門は簡単にいうと、クリエイティブなダイレクトマーケティングを審査する部門と言われていますが、僕はここ数年毎年カンヌに参加していて、個人的に、Direct部門ってどんどん一言で定義するのが難しくなっているなという印象があるんです。今回も審査に入る時に、どういう評価基準が来るかなと思ってワクワクしていました。審査員長からのメールに、大きく3つの基準が書かれていました。一つ目は、明確にターゲットされていること。二つ目は「Response Driven」であること、つまり反応を生むことですね。最後三つ目がカテゴリーに沿っていること。いろんな国から本当にいろんな審査員が選定されるので、こういう評価基準に沿って審査していくのは大事でした。
大事なのは、ターゲティング自体のアイディアと振動の大きさ
Q. 今年は2年分の作品を審査されましたが、念頭においていたご自身の評価基準はありましたか?
近山:印象的だったのは、審査員長から共有された「審査員のアティチュード」についての3つのポイントでした。一つ目はタフな作品を選ぶこと。二つ目はフェアに選ぶこと。そして一番好きだったポイントが最後の、「世界の違いを理解するために時間を取る」というポイント。本当にいろんな地域と国から作品がエントリーされていて、正直日本にいるとピンとこないイシューもあったんですが、それを、”よくわからないや”、ではなくて、一体どういう背景で何が起きているのかをちゃんと自分で理解しようとすることが大事というメッセージでしたね。
僕自身の評価基準としては、もちろんscalability、スケールも大事ですけど、アイディアそのものはスケールだけに左右されない方がピュアに作品の本質を見れるんじゃないかなと気づきました。やっぱり大事なのは”accuracy” – ターゲッティング自体にアイディアがあるというか、「そこを狙ってくるんだ」とか「そこに届けるんだ」みたいなことと、”magnitude” – 結果起こる振動の大きさかなと思いました。奥深くに刺さると、細かい振動でもあとは自動的に影響力が広がるとか。そういうふうに作品を見ていきました。
中尾:私は今回初めての審査経験で、評価基準について非常に悩んだんですけど、審査員長からは、「自分が感じたことに正直に。」というアドバイスをもらいました。自分が世界のいろんなカルチャーとか宗教的背景とか、いろんな状況に心を開いて、自分が感じたように評価をして欲しいという意味だと理解しました。私が担当していたメディア部門はかなり幅が広く細かいカテゴリーで分かれていたこともあって、なかなか同じ評価基準で評価するのは難しい部分もありましたが、やっぱりメディア部門なので「メッセージを届けるメディアのクリエイティブな使い方」が卓越しているかどうかを一番意識するようにしていました。素晴らしいメッセージとかクリエイティブアイディアを、単にメディアにプレイスメントとしているだけの作品もかなり多くて、それに惑わされないように分離して考えるように気をつけてました。
Q. 大変だったところはどんなところでしたか?
中尾:大変だったのはやっぱり「量」でしたね。(笑)毎日結構一生懸命、評価しているんだけど全然審査ページ用の進捗バーが進まなくて、これは一体どういう刻みのバーなんだろうとずっと思いながら毎日黙々とやっていく日々でした。
近山:すごく共感しています。(笑)結局全部で何エントリー来るのか全然分からなくて、やっとここまで来たと思ったら毎週毎週増えていくんですよね。それは物理的に大変でした。
Result(結果)の持続性が求められる
Q. 今年のカンヌはいろんな意味でスペシャルだったかなと思いますが、個人的に感じた特徴やトレンドについて聞かせてください。
近山:結構色々特別と感じたところはありますが2つ取り上げたいと思います。一つは、審査を始める前にコロナがどれくらい影響が出てくるかなというところに個人的にも審査員としても興味がありました。特に2020年に制作された作品は結構コロナの影響を受けているんじゃないかと想像していたんですけど、少なくともDirect部門に関しては、そこまで色濃くなかった印象でしたね。もちろんコロナに関するいい仕事もあったんですけど、みんなちゃんとクライアントと商品と課題に向き合っていい仕事を出していたという印象で、今年のカンヌにコロナの影響ばかりではなかったかなというのが意外だったポイントでしたね。
もう一つが、一言でいうと、Resultが大きく変わってきているなという感じがしました。もちろん提出されるケースビデオを見ると最後必ず出てくるResultは絶対必要だけど、それだけじゃ足りないという感じが出ていたと思いました。Resultが単年じゃなくてサステイナブルになってきているということです。今年これで結果が出たから終わり、じゃなくて来年どうなるのか、10年後どうなるのかまで見せているような傾向というか。要するに数字から変化にResultの見せ方が変わってきているんじゃないかなということを感じました。
社会課題に対する、さまざまなアプローチ
Q. 個人的印象的だった作品はなんでしょうか?
近山: 色々悩んだんですけど、先ほど言った「Resultの持続性」の観点で2つの作品が印象的でした。
一つ目は、性差別や偏見を打ち破るクリエイティブを讃える部門”Lion for Change”でグランプリを受賞した、ブラジルのStarbucksで実施していた「I am」というキャンペーンです。ブラジルで、トランスジェンダーの人たちが名前を変えたくても、なかなか政治的・社会的な絡みで変えるのが難しく苦しんでいた人たちに向けて、NGOと協力しStarbucksが店舗を開放し、安全かつ無料で名前を変更できるように場所を提供したという内容です。深く感動したポイントは、このキャンペーンを一回だけではなく、毎年ずっと続けてやっていくこともコミットしていて、その理由が、コップにお客さんの名前を書いてくれる、「名前を大事にする会社」Starbucksだから、と言っていたところです。パーパスもはっきりしていてすごくエモーショナルな作品になったと思いました。
もう一つはオーストラリアの「Donation Dollar」というキャンペーンです。1ドルのコインに本当に”Give to help others(他の人を助けるために使ってください)”と入れたんです。普通に貨幣として使われていて、もちろん、買い物とかに使ってもいいけど、人に寄付したり、プレゼントする使い道もあるよ、というリマインダーをコインの中に書いて作ったんですね。このアイディアのすごく面白いところは、”全国民に1枚”というコンセプトで、2500万個も刷っていて、どれくらいこれが市場に出回るかをすごく長い目でみているアイディアなんです。この「Result」の意味がどんどん変わってきていることをよく見せてくれる作品と思って紹介させていただきました。
中尾:私が紹介したいのは、「Cold Tracker」という南アフリカのキャンペーンで、Media部門の”Use of real time data(リアルタイムデータ活用)”のカテゴリーでGoldを取った作品です。
南アフリカでは電気代がすごく上がっていて、飲食店が電力代を抑えるために冷蔵庫の電源を切っちゃっているという状況だったようです。こういう社会課題に対して、ビール会社がとった施策が、ビールを冷やす冷蔵庫の温度をトラッキングする”Cold Tracker”というビーコンを店につけてもらうと、リアルタイムでビールの温度をチェックし、ビール会社がその地域の新聞やSNS、屋外広告(OOH)などで店の広告をすることで店にも還元していくという仕組みでした。ジオターゲッティングで、あなたの近くにあるこの店はビールが冷えてますよ、というデジタルアドの当て方とか、リアルタイムデータの反映したOOHの使い方も非常に秀逸で、かつ社会課題だったりシンプルに人間の「冷たいビール飲みたいぞ」という欲求にも答えていて非常に面白い作品なんじゃないかなと思いました。
もう一個は、受賞まではいけてないですが、ショートリストに残った作品です。Barillaというパスタブランドの、いろんな種類のパスタにちょうどいい茹で時間に合わせたプレイリストをSpotifyに作って、パスタの袋からQRコードを読み込むとそのプレイリストに飛んで聴けるという仕組み。このコロナの中で自宅で料理を作る時間が増えて音楽を聞くことも活かしてやっていたキャンペーンです。すごく細かく種類によって9分とか10分とか分けてリストを作っています。すごくシンプルなアイディアですけど、Spotifyのプラットフォームに人が接する時のマインドセットをよく捕まえているクリエイティブアイディアだなと思いました。
「For Good」への発想の転換
Q. カンヌライオンズ審査に参加していた感想と、今回の経験から感じた、世界のクリエイティブ・メディアにおける傾向について聞かせてください。
近山:トレンドは先ほど軽く触れましたので、今後クリエイティブのプロとしてカンヌにチャレンジしていく時のアドバイスとして2つを共有したいと思います。まず一つは、エントリーを出す前に、結果がちゃんと出ていてすでに話題になっているものがちゃんと認められる時代になっているなと思いました。
もう一つは、より具体的なアドバイスで、カンヌにエントリーする時に、「なぜこのカテゴリーか?」という質問があるんですよね。審査員は評価を悩む時、まず「なぜこのカテゴリーか?」を見るように思います。実際、オンラインの審査ページでもいちばん目に付く位置にこの質問に対する回答が掲載されています。そこをちゃんと考えてしっかり世界中の人に興味がなかった人にも伝わるように書くことが大事だと改めて思いました。世界の人たちにメッセージを伝えることが僕たちクリエイティブの義務と思うので。
中尾:メディア部門で感じたトレンドは「Technology for Good(社会貢献のためのテクノロジー)」と「ゲーミング」だったかなと思います。まずFor Goodについてですが、カンヌは結構、社会的テーマの受賞が多くて、私たちの日々の業務から社会貢献にどうつなぐか?だけだと、発想しづらいと思うかもしれません。しかし、さきほど紹介したCold Trackerは社会課題に対して、店もビール会社もwin-winにできる仕組みをつくりました。ほかにも、今回アウトドアカテゴリーでグランプリをとったハイネケンの「Shutter Ads」というキャンペーンの場合、普段はビルボードをいっぱい買って広告している会社が、コロナで閉まっているバーのシャッターを広告枠として買うことで飲食店を助ける、といったfor goodのあり方を示しました。こういう考え方は今後もチャレンジしていきたいところですね。
カンヌで受賞するためには、単にクライアントのビジネスプランのResultを達成するだけではなく、そこからプラスアルファの、for Good視点だったりパーパスとかスケールというのを足せないかと工夫していくと、十分にカンヌにチャレンジできるんじゃないかなと思いました。
ゲーミングのところでいうと、やはり今回ゲームを活用した作品のエントリーがすごく多かったんですが、結構多くの作品が単純にTwitchのようなプラットフォームとか、Fort knightと組んだみたいなのが多かった印象でした。なのでゲーミングで結果を残すためにどうクリエイティブなアプローチを考えるかが来年からさらに重視されると思いました。
本当に世界中から作品がきて、それぞれの国の歴史や文化、社会的背景などに大きく影響された作品が多く、世界に向けて心を開いた1ヶ月でした。貴重な機会をありがとうございました!
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コロナ時代に開催されたスペシャルなカンヌライオンズから見られたクリエイティブのトレンドは、サステイナブルなResultと誰にとってもwin-winな「For Good」への発想の転換が大事という話を伺いました。今後もTBWA\HAKUHODO社員の活躍やコラムをSTORIESにて紹介していきますのでお楽しみに!
広報チーム(koho@tbwahakuhodo.co.jp)