01 August 2022
DXの時代、人のこころを動かすことを忘れていないか?いま改めて言葉の可能性を考える(Advertising Week Asia 2022レポート)
今、多くの企業がデジタルの力で事業を変革していこうとしています。DX全盛期ともいえる中、データの活用がマーケティングの中心になりつつあり、相対的に、かつて広告の中心にあった「言葉の力」は軽視されているようにも見受けられます。しかし、本当に変革に成功し、生活者と改めて絆を築いているブランドほど、言葉の力でブランドの存在意義を再定義し、顧客の心に訴え、新しい生活をつくりあげているという点を見逃すことはできません。
そんな問題意識から、デジタル時代の言葉の可能性を、TBWA\HAKUHODOの細田高広、クリエイティブユニット(つづく)で活動する細川美和子氏が語り合いました。本稿ではアドバタイジングウィーク・アジア (Adversiting Week Asia)2022にて実施したセッション「それで、こころは動くのか?―DX時代に言葉ができること」の模様をレポートします。
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デジタルの先にいるのは「ひとりの人間」。
細田: TBWA\HAKUHODOでクリエイティブディレクターをしています、細田です。今回のセミナーはクリエイティブディレクターでありコピーライターでもある細川美和子さんを迎えしてお届けします。細川さんは電通を卒業されて、現在は(つづく)というユニットに所属されています。
細川: (つづく)では、私を入れて5人のクリエイティブディレクターで活動しています。今日はよろしくお願いします。
細田: 今回は「マーケティングと言葉」がテーマです。かつてデジタル技術が広告業界に紹介され始めたとき、企業と生活者との双方向の対話が生まれると期待されました。ところが、いまはどうでしょう。マーケティング業界界隈では、ユーザーを「囲い込む」とか「刈り取る」、また情報を「吸い上げる」のように、さも企業が人を自在にコントロールできるかのような、物騒な発言が飛び交っています。
細川: 何気なく口にしてしまう言葉には、その人の普段の思考が表れますよね。無意識のうちに、社会の枠組みや思い込みが刷り込まれて影響されてしまっていることもあるでしょう。セクハラやパワハラの問題など、最近でも「言葉」に関して活発な議論が起きていますが、自分が「一人の人間」として扱われないとき、人はすごく尊厳が傷つけられますよね。そういう態度と、広告は真逆であるべきです。ブランドや広告は、一人ひとりの物語を見つめるところからつくるものだと思っています。
細田: 同感です。もちろん、マーケターもクリエイターも日々さまざまなKPIが課せられ、プレッシャーにさらされているのは良くわかります。けれどだからこそ、人々を「数字」としてではなく、一人の尊厳ある人間として捉え直すことはクリエイティブの基本的で大切な役割だと信じています。
細川: 本来のマーケター、クリエイターの腕の見せどころだと感じます。そもそも数字の達成だけを目指した、短期的に欲望を駆り立てる広告(を打つ企業)は、長く続かないでしょう。一人ひとりの人生に寄り添って、役に立つことを届けるというのが、企業活動が長く続くことを見据えた広告において大切なことだろう、と。それに寄与していきたいと思います。
過去の分析は数字で。未来の構想は言葉で。
細田: 過去を分析するのは数字ですが、未来を構想するのは言葉です。一つ目のディスカッションテーマに「変革の旗印としての言葉」を挙げました。DXという言葉を聞かない日はありませんが、そもそも何のために「トランスフォーム」するのか?デジタルを使って企業やブランドが変わった先に何を思い描いてるのか?当事者の方に尋ねると言葉に詰まる場面が少なくありません。なんとなく「変わらなきゃ」という使命感だけがある状態です。
企業のDX化の成功例にNYタイムズがあります。直近の2022年2月に、有料購読者1000万人という目標を予定より3年早く達成したというニュースをご覧になった方もいるでしょう。NYタイムズは2019年に「The Truth is Worth It(真実には価値がある)」という言葉を掲げました。当時はSNSで広まるフェイクニュースが問題になっていたんですね。そんな時代に対抗して、デジタルで真実を広めていくという意志を打ち出したわけです。これを「パーパス」と呼ぶこともできるでしょう。
単にデジタル版を進めるのではなく、デジタルだから追求できる真実の価値を訴えた。キャンペーンは世界中で話題になりました。デジタル化した新聞の未来を語り、人々の心を動かして大きなうねりをつくっていく。こういったダイナミックな動きが日本企業でも次々と起こるようにしたいですね。
細川: The Truth is Worth It(真実には価値がある)」に続く文章「important than ever」が効いています。「今まで以上に重要なのだ」と、普遍性だけではなく、時代性を捉えているところが、コピーとして素晴らしいと感じました。
細田: もう1つ。本当はNYタイムズには価値がある、と新聞を主語にしたくなるものですよね。けれどNYタイムズは主語をひとまわり大きくしています。つまり「新聞業」から「真実業」へ、事業そのものを捉え直しているのです。このような言葉の使い方は、DXを進める上でも今後ますます大事になると思います。企業に社会的なメッセージを背負わせることは、細川さんの仕事でも見られますね。
細川: 最近の例から、東京ガスのキャンペーン「#子育てをチームプレイに」を紹介させて下さい。東京ガスさんとはもう14年近く一緒に、「家族の絆」と題した広告シリーズを展開しています。スタート時から、「東京ガスは、家庭にガス器具を売る会社ではなく、家族の団らんをつくる会社」だという定義で進めてきました。それを前提に今年さらにチャレンジしたのは、家族の定義の拡大です。具体的には、家族を親と子だけではなく、祖父母や地域の人、企業サービスまで含めて“社会全体”として捉えると子育てにプラスの変化が生まれるのでは……という提案をしたのです。それを野球のチームプレイになぞらえた企画「#子育てをチームプレイに」を通して、SNSで一般の方が子育てに関してつぶやいてくれたりもしました。
細田: 最初に企業の定義を捉え直し、今回は家族の意味を広げていった、と。時代に合わせて、言葉でアップデートしているわけですね。
細川: そうですね。一瞬で終わる打ち上げ花火のような企画よりは、企業と一緒に同じ方向を目指せる星を見つけたい、といった思いで言葉を提案しています。
対立をつくるより、対話をつくるライティングを。
細田: 変化が多い時代にブレない企業活動を続けるためにも「北極星」を見つけることが、これからもっと大事になっていきそうですね。では目指すべき星を見つけたあと、どのように顧客や生活者と心を通わせていけばいいのでしょうか。2つ目のテーマ「デジタルで生きる言葉」では、細川さんが担当されたP&Gパンテーンのキャンペーン「#この髪どうしてダメですか」を入り口に議論をしていければと思います。
細川: 「星を見つける」と言いましたが、それはクライアントとともに目指すものであると同時に、世の中の皆さんとも目指せる方針になれたらという思いもあります。どんな言葉なら、皆さんが「目指したいな」と思って参加したくなるか。そんな言葉を探すのは簡単ではないのですが、うまく見つかったと思ったひとつが「#この髪どうしてダメですか」という問いかけだったんです。
例えば生まれつき地毛が明るいのに「黒に染めなさい」と指導されるなど、高校生が実際に校則に悩み、でも学校に訴えても変わらないからと、半ばあきらめているという状況を、丁寧にグループインタビューなどで聞き出しながら、言葉を考えていきました。
細田: 企業の方から、Z世代に「声が届かない」といった課題をよく聞きます。そういう方は逆にZ世代の「声を聞いていない」のかもしれませんね。高校生の問題意識に寄り添ったこのキャンペーンは当事者の世代だけでなく、親世代も巻き込んで議論が生まれました。私がいいなと思うのは、先生たちを一方的な悪者にしていないという構図です。
細川: もともとは、ブランドの「髪の美しさという一人ひとりの個性を大事にしたい」という思いから始まっていますが、もうひとつの背景には日本における同調圧力の問題があります。それだけに、今回は下手すると「高校生vs学校」という対立を生みかねないと考えました。そこで、話しても無駄だと思っている学生に「対話の場所をつくる」ことを意識して盛り込んでいきました。
細田: 「対立から対話へ」ですね。デジタルメディアの可能性ってマーケティングでは一人ひとりにパーソナライズするということに向きがちなのですが、個々のつながりをつくる、対話を生み出すこともできるはずです。そのためにつくり手である企業やクリエイターが、生活者と対話することも大切になるかもしれません。
細川: 対話するつくり方、増えているように私も感じます。
細田: 最近、関わらせて頂いた事例として、私からはNTTドコモのムービー「卒業生100万人の答辞」を紹介したいと思います。これも根幹にあるのは、同社の「今の高校生を応援したい」という思いでした。
企業から「がんばれ」と声を掛ける動画をつくるのも応援のひとつです。けれど、それだけではありません。高校生活の3分の2をコロナ禍で過ごした卒業生たちには、言えなかった想いがあるのではないと考えたんです。声をかけるのではなく、声を聞く、という応援をしたいと思いました。
そこで卒業を控える高校生20人ほどにインタビューし、その内容をもとに卒業式で読み上げる「答辞」を書いたんです。映像も半分は実際の高校生から提供してもらったものを使い、もう半分は答辞のエピソードに合わせ撮影をしました。
答辞の中の印象的な言葉に「アルバムはマスク姿の写真ばかり」や「青春とは密そのものだったのです」というものがあります。コロナ禍を過ごした学生でなければ出てこない視点です。
フルバージョンは5分あり、YouTubeで流すには長いのですが、公開してみたら過去にない高い視聴完了率を得らました。長いと離脱者が多いとか、最初の5秒でつかむべきだといった一般的なセオリーを偉そうに語る人もいますが、定石だけでは動かせないものがあるな、と実感しました。
「広告」の未来形は「広場」かもしれない。
細田: これからの時代の広告、また広告における言葉について細川さんと話をしていたとき、これからの広告は「広場」になっていく、とおっしゃっていましたよね。その考え方がよく表れている、大王製紙さんの大人用おむつ「アテント」の広告展開を紹介いただけますか?
細川: この広告では「かくさないパンツになろう。」というコピーを添えて、皆さんに大人用紙パンツについて話しましょうと投げかけた、まさに「広場に出す」ことに取り組みました。背景には、大人用おむつ、紙パンツは恥ずかしいからと、本当は必要なのにはけないという方が多数いる、という課題があります。紙パンツがあれば生活が便利になるし、これからの高齢化社会でも大事な商品なのに、日陰の存在に押し込められている。そんな思い込みを変えていくために、皆で対話を重ねようというキャンペーンでした。
細田: SNSのことを“プラットフォーム”と呼ぶことがあります。プラットフォームとはそもそも「平たい土地」を意味する言葉です。つまりみんなが集う広場のことですよね。にもかかわらず、出稿されている広告の多くはターゲットに一方的に動画を流すとか、趣味趣向を分析したレコメンドなどに終始している印象があります。対話ができる平場の土地を、企業都合で、家畜を囲い込む場所のように運営しようとしているのでは?と疑いたくなります。
細川: 「#常識をはきかえよう」というハッシュタグを中心にした広場には、予想以上の声が寄せられました。その中で「パッケージのデザインが買いにくい」といった意見が複数あり、皆さんの希望を反映しながらおしゃれなパッケージをつくったんです。今のユーザーさん、またこれからユーザーになるかもしれない世の中の方々と一緒につくり上げた、広告が広場になることができた案件でした。
細田: これからのブランドも、ひとつの広場として捉えるのは有効ではないでしょうか。ブランドに集まる人たちと対話したり、ひとりひとりの物語を聞いて伝えていくことも、デジタル化したクリエイティブのあるべき姿のひとつでしょう。
私がそれを実感した例として、日産自動車の「#シーマレストア」を紹介したいと思います。俳優の伊藤かずえさんが30年以上もシーマに乗られていて、車検の際に日産のスタッフからお花を贈られたことをSNSにアップしたんです。それが話題になり、一般の方々から日産に向けて「長く乗れるようにしてあげてほしい」といった声が寄せられたんですね。
日産の担当者さんとTBWA\HAKUHODOのクリエイティブチームで相談させていただき、レストア(※全面的な修理や部品交換)することが決まったのです。修復の模様を日産のオウンドメディアで逐一報告し、ファンの皆さんと対話していきました。結果として、ブランドの車に対する愛やユーザーへの思いも伝わったのではないかと思います。
※参考:https://www3.nissan.co.jp/first-contact-technology/technology-contents/restore-cima.html
細川: 素敵な取り組みですよね。今日、挙がった事例のほとんどは、デジタル技術によって企業が生活者一人ひとりの声に耳を傾け、コミュニケーションに生かしたケースでした。今まで、広告は企業や商品の情報を生活者に届ける役目を担ってきましたが、これからはむしろ、生活者の声を企業に届けることに役立つのではないかと感じています。そこに、マーケターやクリエイターの皆さんの能力を発揮してもらえたらと思います。
細田: ユーザーのデータは機械が分析してくれるでしょう。しかし生活者の感情は、必ずしもデータからは読み解けません。つくり手である私たちは「相手が何を幸せに感じるか」という部分に常に想像力を働かせなくてはいけませんね。
最後に、これからの抱負をコピーライターらしく一言ずつ紹介して締めくくりといたしましょう。私は「この社会に、意味ある変化をつくりだす」というものです。企業やブランドの変化が、生活者に意味ある変化になっているか?というという点にこだわっていきたいと考えています。
細川: 私は「暮らしを、生活を、一人ひとりの手に取り戻す」ですね。効率重視の風潮や短期的な企業活動などで、人間らしい「暮らし」や「生活」が奪われていっているように感じるので、それを取り戻すことに広告を役立てていきたいです。暮らしの中で聞こえる生活者の声が企業を変え、より愛される企業になり、ひいては世の中も変わっていく。そんな流れをつくれたらうれしいです。
細田 高広 TBWA\HAKUHODO チーフクリエイティブオフィサー
博報堂、TBWA CHIAT DAY(米ロサンゼルス)を経て、2012年からTBWA\HAKUHODO所属。多くのグローバルブランドでクリエイティブ統括を務める一方、広告に止まらず企業のビジョン策定や事業コンセプト開発などを手掛けてきた。これまでにカンヌ広告祭金賞やACCグランプリほか国内外で受賞多数。2016年と2018年に日韓をまたいでクリエイター・オブ・ザ・イヤー(Campaign)に選出。そのほかアジアのクリエイティブ業界を代表する40歳以下の40人(40 UNDER 40)に選ばれた。著書に「未来は言葉でつくられる」(ダイヤモンド社)、「解決は1行」(三才ブックス)などがある。
細川 美和子 (つづく) クリエイティブディレクター、コピーライター
グループ・クリエーティブ・ディレクターを経て、2021年末に電通を独立。長く愛され続ける物語のあるブランドづくりを目指して、クリエーティブ・ディレクター・コレクティブ(つづく)を設立。言葉を中心に、広告とPR、マスとソーシャルをかけあわせながら、世の中といい関係を作るための挑戦を続けている。最近の仕事は、アテント「#常識をはきかえよう」、パンテーン「#この髪どうしてダメですか」、東京ガス「家族の絆シリーズ」など。国内外で受賞多数。審査員としても、ACCフィルム部門審査委員長、ブランデッド・コミュニケーション部門審査員、TCC審査員、カンヌライオンズ・フィルム部門審査員などを歴任。
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※ 本記事は博報堂WEBマガジン センタードットに記載された「DXの時代、人のこころを動かすことを忘れていないか?いま改めて言葉の可能性を考える(アドバタイジングウィーク・アジア2022レポート)(2022.07.29)」を転記しております。参照:https://www.hakuhodo.co.jp/magazine/99022/