01 September 2023
外敵から身を守る貝殻が、人の命を守るヘルメットへ。 「HOTAMET」が創った新しいエコサイクル
波打ち際にそっと貝殻のようなモノが置かれたこのビジュアル。その名も「HOTAMET(ホタメット)」。ホタテ貝殻と廃プラスチックというオールごみ由来の日本初の素材「カラスチック®︎」で作られたヘルメットです。土壌汚染と悪臭を引き起こすことが危惧され、地域の課題になっていた大量の貝殻ごみを「廃棄物」ではなく「資源」として捉え、地球と頭を守るものに生まれ変わらせた、このサステナブルな考え方と仕組みは日本だけでなく海外からもたくさんの注目を集め、カンヌライオンズ2023にて金×2、銅×1、クリオヘルス2023ではグランプリx1、金x1など、多くのアワードで評価されています。
TBWA\HAKUHODOが企画・開発し、甲子化学工業株式会社が製造した「HOTAMET」のストーリーは、あるひとつのツイートから始まり、そして2025年 日本国際博覧会(大阪・関西万博)の防災用公式ヘルメットの一種として採用されます。今回のSTORIESでは、どうやって「HOTAMET」が誕生したのか、そして今後何を目指しているのか、Creative Directorの宇佐美 雅俊、そしてSenior Art Directorの伊藤 裕平に話を聞きました。
はじまりは、「ナムチャン」のバズツイート
Q. このプロジェクトは何をきっかけに始まったのでしょうか?
伊藤:ある日、Twitterで話題になっているつぶやきを目にしました。「ナムチャン」さんによるつぶやきで、「年間約20万トン捨てられる卵の殻でプラスチック成形出来るようになった」という内容でした。殻でエコプラスチックがつくれるところに直観的に面白さを感じて、すぐさま宇佐美に「ナムチャンさんに何か提案してみない?」と声を掛けました。
宇佐美:これは面白いと思いましたね。殻から作られたエコプラスチックだから“カラスチック®︎”というネーミングで世の中に発信していくアイディアがすぐに浮かび、資料にまとめて「ナムチャン」さんにDMを送りました。この「ナムチャン」さんこそが、プラスチックを軸に金型製作・成形・塗装・溶着から組み立てまで一貫加工することを生業とする甲子化学工業の南原 徹也さんです。南原さんから一度詳しく話を聞きたいとお返事をいただいて、本格的にアイディアを形にするために動き始めました。
Q.「ナムチャン」さんの投稿でエコプラスチックの原材料となっていたのは卵の殻でしたが、なぜホタテの貝殻を使うことになったのでしょうか?
宇佐美:実は調べると卵の殻をエコプラスチックにする技術は、既に他の企業や自治体でも取り組まれていたんです。このままでは新規性が出ないと考え、別の素材でも同じようにできないか探したのですが、その時に着目したのが卵の殻の成分でした。殻の主成分である炭酸カルシウムは、ホタテの貝殻と同じだったのです。そこで、2回目の提案で「ホタテの貝殻からヘルメットを作るHOTAMET」という話をさせていただきました。
同時に、北海道 猿払村とタッグを組むことも提案しました。猿払村はホタテ水揚げ量日本一に何度も輝く、国内有数の生産地ですが、その反面で廃棄される貝殻も多いのではないかと仮説を立てたのです※。廃棄貝殻をゴミではなく、新たな資源に変えられないか。もし、これができたら、ホタテ漁業のまちで新しいエコサイクルを創れるはずだと考えました。
(※北海道水産林務部水産局水産振興課「令和 3 年度水産系廃棄物発生量等調査」)
TBWA\HAKUHDOが手掛けるからこそ『ものづくり』と『ものがたり』を同時進行
Q. エコプラスチックだとさまざまなモノを作ることができると思いますが、ヘルメットに決めた理由も気になります。
宇佐美:アイディアのポイントとしては3つあって、「本来、貝殻は外敵から身を守る役割を持つこと」、そして「危険と隣り合わせのホタテ漁師は現場で常にヘルメットをつけて従事していること」「ホタテ貝殻の主成分である炭酸カルシウムは工業製品に良く使われていること」、これらのポイントを掛け合わせて導き出したのがヘルメットでした。
伊藤:当初はヘルメット以外にもいくつか案がありました。例えば、その頃世の中で話題になっていた紙ストローって地球のためとはわかってても使いづらくて普及しなさそうだよね、という課題に対してエコプラスチックで代替することを広げていくのはどうだろうか、という話もありましたね。
企画段階では、本当にうまくいくのか先が見えない時期もありました。そういう時の停滞感って嫌ですよね。自主的な開発案件だから尚更。ただ、この苦しい時期にも議論を続けた熱量が南原さんにも伝わり、そこからさらにチームが一枚岩になった気がします。
Q. 一般的なヘルメットの形ではなく、貝殻のようなデザインのヘルメットに仕上げていくわけですよね?そこにも技術的な難しさはあったのでしょうか?
宇佐美:デザインについてもたくさんディスカッションしました。あまりにも見た目に「貝」を押し出しすぎるとギャグっぽく見えないだろうかとか、ビジネスとしてちゃんと売れるものにしたいとか。でも、ありきたりなモノにはしたくないなとか。
そこで「HOTAMET」は何で勝負するのかというのをチームで改めて考えました。デザイン性なのか機能性なのか環境性なのか……クリエイティブエージェンシーである我々は「話題性」だと。TBWA\HAKUHODOが一緒に開発することの強みはニュースづくり・文脈づくりであることに立ち返って、ただのリサイクルではなく、元々外敵から身を守る貝殻がヘルメットになって人の命を守るというストーリーを生み出しました。PR視点で世の中に求められるブランドストーリーを考え、それを商品開発に反映させていく、いわば『ものづくり』と『ものがたり』を同時に行うことで重要でした。
伊藤:これが打ち合わせ中にはじめに僕が描いたスケッチ※で、そこから具体的な3Dデザインに落とし込む際に、プロダクトデザイナーのquantum 門田さんにご協力いただき「貝殻をそのままかぶった様なアイコニックさ」と「かぶった時の美しいシルエット」の両立を目指して、緻密にデザインしました。さらに、貝殻を模倣した構造だからこそ強度が上がるというバイオミミクリー (生物模倣)の考え方も取り入れることで、一貫したストーリーを作り上げたのです。
また、甲子化学工業は日頃小さなプラスチック部品を手掛けることを得意としていたので、ヘルメットは普段扱うものより大きなサイズで、南原さんにとってもかなりの挑戦でした。そのため、途中フィジビリティの問題で思っていた形にできないかもしれないという壁にもぶつかったのですが、「話題性」で勝負をする方針を決めていたので、目的に向かって課題を1つずつ解決していき、初期構想からあまりブレずに定着することができました。
いよいよ世の中にHOTAMETがデビュー、そして世界に届く
Q.「ナムチャン」さんのTwitter投稿が2021年9月、そして2022年12月14日にクラウドファンディングの開始。HOTAMETが世の中へ出ていくと、クラウドファンディングは目標額を大きく上回り海外からも反響がありましたが、ここまでの反響は想定していましたか?
宇佐美:正直ここまでの反響の大きさは想像できませんでした。海外からもこんなに反応があったことに驚きました。
伊藤:クラウドファンディングのページ作りにもこだわっています。バナー1つに対しても言葉やデザインの違いで30パターンほど作って検証。クラファンページは、HOTAMETのWebサイトとはテンションを変えて、押し出し強めにデザインしています。そうした小さな「伝え方の検証」が今の反響につながっていると感じています。
Q. 「HOTAMET」のどういったところが国内外共通して関心をもってもらえるポイントになったと思いますか?
宇佐美:海外はよりサステナビリティへの意識が高いことを感じました。国は違えど、環境問題につながる地域の課題をクリエイティブで解決していったというストーリーに面白さを感じてもらえました。また、外敵から身を守ってきた貝殻が、人の命を守るものに生まれ変わるというストーリーが伝わるプロダクトにしようと決めていたので、言葉で語らずとも、わかりやすいものにこだわった甲斐がありました。
伊藤:キービジュアルは、貝殻のようなヘルメットが海に還っていくイメージにしたいと頭の中で思い描いていたんです。実際に海辺に置いて撮影した瞬間「このプロジェクトはいけるぞ」と感じました。撮影中の様子を見て、道行く人が「サステナブルなヘルメットなんじゃない?」と言っていたのも、確信につながりました。
Q. 本当に良いチームワークだったことがうかがえます。
伊藤:プロジェクトに携わっているのは、いつも組んでいるチームではなく今回のために集まったチームです。「こんな自主提案をしているんだけど興味ない?」と宇佐美と共に社内のメンバーに声をかけてみたら、面白そうだと言ってチームに入ってくれました。自主提案なので際限なく時間をかけるわけにはいかない中でも、甲子化学工業さんの技術をプロダクトにして世の中に届けたいという思いで、スピード感をもって楽しく進めることができました。
Q. そもそもが自主提案だったこともあって、「HOTAMET」はチャレンジの連続だったかと思います。ここまでを振り返ってやりがいを感じた場面はありますか?
伊藤:南原さんとこのチームで組めて、毎回の打合せが楽しみなくらいでした。甲子化学工業さんの技術と、我々のクリエイティブディレクション、アートディレクション、PRそれぞれが高密度に掛け合わさっていったところに、とてもやりがいを感じていました。
宇佐美:2022年の年末に「HOTAMET」の記事のツイートが、それこそ「ナムチャン」さんのツイートのように“万バズ”しているのを見たときは嬉しかったです。
そして、大阪万博の公式ヘルメットのひとつに採用されたことも非常に大きいです。ヘルメットに込めたストーリーを起点に、広く様々な方々に届いていることを実感しています。
Q. 特に、今回の取り組みはカンヌライオンズ2023で課題に対し技術を革新的に利用した取り組みを評価する「イノベーション部門」にて、日本初で金を受賞しました。この部門で受賞できたポイントはどういうところにあると思いますか?また、それが日本初の金受賞だったということについて、振り返っていかがでしょうか。
宇佐美:アイデアそのものはもちろん、その拡張性も評価されたと思います。今回は色々な観点からヘルメットを作りましたが、この貝殻をリサイクルした新素材「カラスチック®︎」は環境負荷の高いプラスチックと代替する可能性を秘めています。また、ホタテ貝殻に限らず、世界中に余っているムール貝やカキなど、あらゆる貝殻で応用が効くことも評価されたのではないでしょうか。
「HOTAMET」のストーリーはまだまだこれからも続く
Q. これから先、「HOTAMET」が2025年の万博で公式ヘルメットの1つとして導入される予定もあります。そのほかにも「HOTAMET」や「カラスチック®︎」が目指しているものがあれば教えてください。
宇佐美:既に多くの問い合わせをいただいているので、「HOTAMET」をさらに広げていきたいですね。今年度から自転車のヘルメット着用が努力義務化されたので、自転車用に特化したものを作ってみたいと思っています。また「カラスチック®︎」そのものも世界中に広めていきたいです。
伊藤:これから新しいプロダクトを作るときにも「守る」という部分は統一させていきたいとチームで話しているんです。肘を守るプロテクター、スマートホンを守るスマホケース、荷物を守るスーツケース、といったような。現在、甲子化学工業さんで「カラスチック®︎」を薄く成型する技術を実験しているので、ここからさらに作れるプロダクトの幅が広がっていくのではないかと期待しています。
Q「カラスチック®︎」を日常的に目にしたり使ったりする日が来るかもしれないですね。「カラスチック®︎」ブランドが広がっていくことが楽しみです。最後に、お二人がこれからの仕事で目標としていることを教えてください。
伊藤:個人的な目標なんですが、公園を作りたいんです。良い公園がある街は良い街だと思っていて、公園全体でなくとも遊具ひとつでも良いので携わってみたい。僕はこれまでも立体物を作ることが多くて、ヘルメットはこれまでの経験が活かしやすいサイズでした。「HOTAMET」を通じて、公園というプラットフォームと何らかの社会課題解決を掛け合わせて取り組んでみたいと思うようになりました。
宇佐美:目の前のものに一生懸命に取り組み、出会ったものに広告の仕事で培ったクリエイティビティを掛け合わせて、社会に意味のある変化を作っていきたいです。
<プロジェクトメンバー>
【甲子化学工業】
Manufacturer 南原 徹也
【TBWA\HAKUHODO】
Chief Creative Officer 細田 高広
Creative Director 宇佐美 雅俊
Senior Art Director 伊藤 裕平
Art Director 松田 健志
PR Planner 橋本 恭輔
PR Planner 加藤 卓
Producer 阪元 裕樹
Producer 井上 音夢
Editor 見田 伸夫
Motion Designer 住吉 清隆
【制作スタッフ】
Product Designer 門田 慎太郎(quantum)
3D Engineer 竹腰 美夏(quantum)
Director 井上 康平(ロボット)
Photographer 田口 純也(フリーランス)
Designer 朝長 久裕(スパイス)
Retoucher 小柴 託夢(コントラスト)
Retoucher 小野 隼人(コントラスト)
PR Promoter 佐藤 映里(KMC)
PR Promoter 濱田 高志(KMC)
これからも、TBWA\HAKUHODOがつくりだすDisruptiveなプロジェクトを紹介していきます。次回をお楽しみに!
広報チーム (koho@tbwahakuhodo.co.jp)